「犬神家の一族」オリジナルサウンドトラック

音楽

2022-02-15

いい音楽ですが、改めてアルバムで聞き返すと、横溝正史の世界とは違うような…やっぱりルパン三世と思ってしまう。

「愛のバラード」は確かに名作だし、第2曲の「怨念」の三味線の後の旋律も、映画では主に金田一耕助が登場するシーンで金田一耕助のライトモチーフのように使われていて、効果を挙げていたと思う。

しかし「怨念」と言いながら、確かにそういう個所もありますが、全体にジャズ風の軽快なメロディーと流れるようなシンセサイザーの旋律がとても爽やかで、「怨念」というある意味土俗的な感じがあまりない。

3曲目の「呪い住みし館」も、金田一耕助が野々宮珠代を助けに裸足で走っていくシーンに使われたりしていたが、曲のタイトルとイメージが違うように思いますね。ここは本当にジャズという感じで、ドラムの音がちょっとうるさく感じてしまう。ジャズの好きな人とかなら気にならないんでしょうが。

「仮面」でもねえ…どうなんでしょうか。ギターが都会的でいいテンポでこれまた軽快なメロディーーを奏でていくが、かっこよすぎてどうも… 資清のおどろおどろしいゴム製の仮面とはかけ離れた音楽で、コーヒーでも飲みながらゆったりリラックスできる曲になっている。

横溝正史という人は作品群の全体を見るとむしろ都会的でモダンな作品が多いけれど、代表作はそれこそ怨念とか呪いとか滅びゆく旧家とか村の祟りとか、ある意味泥臭さを持ったものが多い。「犬神」でもそういう土俗的な信仰がタイトルにも表れているけれど、大野さんの洗練されたジャズの響きだと土俗的な要素はどうしても表現しにくいように思いますね。

市川崑監督はこれ以後の横溝作品では大野雄二ではなく田辺信一を音楽に起用しているが、やっぱりイメージと合わなかったんじゃないでしょうか。

純粋にジャズのアルバム、あるいはルパン三世と同じ趣味の音楽だと思うと楽しめるけれど、「犬神」とか「横溝正史」のイメージを重ねようとするとどうも違う。あの名作映画『犬神家の一族』を回顧するアルバムとしては価値があるけれど、横溝作品(の特に「岡山もの」とか)を読みながら聞こうとすると、やはり合わないと感じる。もちろん最後は個人の趣味の問題ですが。