横溝正史『香水心中』

2022-03-02

1958年(昭和33年)に「オール読物」に発表した短編(中編?)で、軽井沢が舞台。

金田一は大手化粧品会社社長・常盤松代から依頼を受け、等々力警部と一緒に、常盤松代の側近・上原省三の運転する車で軽井沢へ向かう。その途中で一行は小林美代子という妊娠した女性と出会うが、この美代子は常盤家の縁者らしく、いかにもいわくありげな様子。

軽井沢に着いた翌朝、なぜか松代社長は依頼をキャンセルするという。いささか不機嫌になった金田一だったが、午後になってから近くの別荘で心中事件があったと知らされる。まもなく松代社長からキャンセルを取り消し、正式に依頼したいと伝える。心中したのは松代社長の孫・松樹で、心中の相手は人妻・青野百合子だった。

現場に駆け付けると松樹は首をつり、百合子はベッドで絞め殺されていた。そして現場には大量の香水がまかれており、あたりはむせ返るような臭いだった。

現場に現れた、松樹の従兄弟だという松彦はふてぶてしくて粗暴な態度。さらに昨日出会った小林美代子までもが現れ、皆の前で松樹の遺骸に決然と歩み寄り、その髪をひとふさ切り取って姿を消す。お腹の子の父親は松樹だったらしい。

近くで松樹の車が見つかるが、車は溝に突っ込んで故障しており、方角も別荘とは反対側。青野百合子の夫・青野太一は詐欺の疑いのあるブローカーで、警察もマークしていた男だったが…と話は進む。

〈以下ネタバレ〉

ポイントは二つの遺体の死亡推定時刻で、松樹は百合子より一日近く前に死んでいたことが明らかになる。遺体に香水を振りかけた理由もそれと関連してくる。

もう一つのポイントは車で、金田一と等々力は上原の運転する車で東京から軽井沢へやってきたのだった。つまり死体の移動トリックで、松樹の死体は上原の運転する車のトランクに入っていた。

死体の移動は鮎川哲也もよく使っているけれど、横溝正史は『蝶々殺人事件』でも死体移動トリックを使っている。アリバイの工作にはとても便利なトリックだが、死体の死亡推定時刻が正確であることが前提になる。

松樹と百合子は、遺体が発見される前日と前々日に死んでいるから、司法解剖もそれからまもない時期に行われている。

そうすると誤差1時間前後で死亡推定時刻を割り出すのもあながち無理ではないのかという気もするが、どうなんでしょうか。死亡後24時間以内なら、死後硬直や死斑から1時間の幅で推定するも可能かな。

『香水心中』はその点割合死体の発見が早かったので、1時間幅で割り出すことも可能かもしれない。鮎川哲也の小説では死亡の三日か四日後に死亡推定時刻を2時間ぐらいの幅で出すというのがあったと思うけど、これはいくらなんでも無理ではないだろうか。

また軽井沢は横溝のお気に入りの避暑地だったらしく、これ以外の作品でも割とよく出てくる。軽井沢に限らず長野県自体が好きだったみたいで、射水とか那須のような架空の地名まで考えている。

なかなか読み応えのあるおもしろい作品でしたが、ラストはちょっと悲しすぎるかなと。何も死ななくてもよかったのにと思います。それに全体に爽やかな感じのストーリーで、ドロドロ怪奇というのはほとんどないので、個人的には少し物足りないですが。