『本陣殺人事件』

映画

2022-05-14

1975年公開の映画で、ATG制作。監督は高林陽一で、金田一耕助は中尾彬。出演はほかに田村高廣、新田章、高沢順子、東野孝彦など。

ATGとは「日本アート・シアター・ギルド」の略だそうで、この「本陣」も前衛的で難解な映画になっているのかと思ったら、見てみると意外に原作に忠実で、演出も穏当なものに感じました。むしろ正統派の「本陣」とすら思う。

よく言われるのは金田一役の中尾彬が「ヒッピー風」のスタイルで変わってるという話だが、70年代の普通の若者という感じがした。ジーパン履いてやや長髪、お人形さんをリュックからぶら下げていることぐらいで、特にヒッピーという雰囲気でもないと思うのだが。

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磯川警部役の東野孝彦(東野英心)も割と役柄と合っていて、警部というにはちょっと年が若いようにも感じたが、生真面目で温和な地方警察の刑事という雰囲気がよく出ていた。

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三郎役の新田章。この人はピッタリだと思った。推理小説マニアでやたらと親指の爪を噛んでおり、いかにも頭でっかちの三男坊という感じ。金田一と推理小説について話すシーンがとても興味深かった。

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70年代の部屋と本棚の様子が懐かしい。本の表紙や背表紙も時代を感じさせる。彫刻の像や本棚の小型テレビも細かい演出だと思いました。

鈴子役の高沢順子さんは…思っていたよりは普通の「鈴子」で、まあ良かったかなと。しかしちょっと品がなくて、薹も立ってて、地方の良家のお嬢さんという感じはあまりなかった。それこそ70年代の、高校卒業後に東京に出てきて一人暮らしをしてそうな女性、という雰囲気でしたね。

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1時間半という尺だったが、原作の描いたトリックと金田一の推理は古谷一行のドラマ版より綿密に追っている。

殺人の夜に季節外れの雪が降り、予期せぬ密室が出現して、「外部の犯行に見せかける」という殺人計画は狂ってしまう。ドラマ版では新旧いずれもこの点の説明が不十分だった。

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田村高廣さんはこういう屈折した犯罪者の役も得意ですね。一柳賢藏の冷酷さと狂気を見事に演じておられたと思う。

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自分のプライドを守るため、正直に過去を打ち明けた克子(水原ゆう紀)を殺す賢藏。彼には完全犯罪をやってのけることしか頭にない。はたから見ればただの変態だが、本人はおのれの美学に酔いしれている。

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兄弟で殺人計画を実行するシーンはすべて黄色い画面で、計画の異常性が強調されていたように思う。今まで賢藏に抑圧されてきた三郎は、計画に協力することで兄より上位に立つ。頬杖を突きながら兄の作業を見守るところにも、そういう地位の逆転が表れているようだった。

全体に画面の動きが少なくて、音楽も淡々と流れていくので、退屈に感じる人もいると思う。画面の構成はかなり凝っていてそれだけでもおもしろいが、なんだか紙芝居みたいでドラマ性は希薄かもしれない。

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金田一耕助の造形は、この後の『犬神家の一族』で原作通りのよれよれの和服姿に決まってしまうのだが、それだけに金田一ものは年々ドラマ化が難しくなっているという気もする。

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金田一耕助の服装は昭和33年の『香水心中』でもすでに時代遅れと認識されていて、金田一は等々力警部に「いいかげん洋服にしませんか」と言われている。1970年代となればなおさらで、現代の設定にするなら洋服姿の金田一にするしかなかっただろう。

エキセントリックで意味不明なシーンも多いかと思っていたけれど、見てみるとそうでもなくて、むしろ正統派というべき「本陣」だった。これに比べると市川崑の「犬神」は脚色しすぎなぐらいですね。