横溝正史『魔女の暦』

2022-06-27

昭和31年発表の中編小説。ストリップ劇場を舞台にしたいかにも横溝という感じのドロドロ愛欲劇だが、トリック自体は完全な本格で、なかなかに凝っている。

〈ネタバレ〉

人物やストーリーは面倒臭いのではしょりますが、トリックに関して言うと、「死体の移動」と「被害者の替え玉」です。これでアリバイをつくり、わずかな時間で殺人をやってのけるというもの。

やや弱いのは「被害者の替え玉」がこんなにうまく行くかで、いかに相手がへべれけに酔っぱらっていようとも、暗闇とはいえ、身体を密着させた相手をこんなに簡単にまちがえますかねえ?

しかしそれなら応用編がいろいろ考えられそうで、江戸川乱歩の『化人幻戯』のように、目撃者に双眼鏡か何かで遠くから見せるというのでもいいだろう。とにかく誰か一人だまして目撃者をつくってしまえばこっちのもので、あとは死体を移動させているのだから、鉄壁のアリバイをつくれる。

「死体の移動」は、鮎川哲也も割と使っていると思うけど、それで有名になってしまったのか、サスペンスドラマでもひと頃はやったトリックでした。例えば、列車でどこか遠くの田舎に被害者をおびき出して殺し、いったん死体を現場に隠しておいて、深夜に車で運ぶとか。運んだ先の場所で殺されたように見せかければ、簡単にアリバイがつくれそうですね。

この『魔女の暦』では、麻雀に誘って三人の証人をつくり、電話のついでに被害者を絞め殺すというもので、五分間の早業だが、被害者をうまく縛って近くに隠しておけばたぶん可能だろう。殺される被害者はたまったものではないが、うまく行けば「芸術的」な早業で、そのことも犯行の動機になっている。

昭和三十年代の横溝は戦前のモダニズムが回帰したようで、田舎の旧家などは出てこない。黒い手袋をはめた人物の描写などは当時の映画の影響もあるのかと思ったが、話の前半は劇場のいかれた連中のくだらない供述が続くのでちょっとダレましたが、トリックはかなりいい線を行っていると思う。

なかなかおもしろかったですが、表紙は以前のメデューサの方がよかったですね。