『事件』

映画

2024-02-11

1978年の松竹制作。原作は大岡昇平、監督は野村芳太郎、脚本・新藤兼人、音楽・芥川也寸志という豪華な布陣ですが… キャストは大竹しのぶ、永島敏行、松坂慶子、丹波哲郎、佐分利信、山本圭、西村晃、森繁久彌、乙羽信子、芦田伸介、渡瀬恒彦。

有名な映画でいろいろ紹介されているのでストーリーなどは書きませんが、個人的な感想はいまいちでした。原作となんか違ってません?と。私は原作を先に読んでいたので余計かな。

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原作の大岡昇平は、松本清張の社会派推理を批判してこの小説を書いたのだとか。つまり「社会派」としての主張が先にあって、それに合うように事実を組み立てているのは問題なんじゃないかと。そういうことをどこかで書いていたと思う。

では大岡ならどうするのか。その答えとして書いたのがこの「事件」で、そのそっけないタイトルそのままに、ありふれた事件を捜査と裁判に沿ってただ淡々と描く。都市化しつつあった南関東郊外の農村を舞台に、普通の少年が刑事事件を引き起こす過程とその周りの人間模様を乾いた筆致で描いていく。

結局この「事件」の真相はよくわからない。被害者は死んでしまって、その心情は推測するしかないのだが、「自殺」として処理して被告の少年を釈放するのは妥当ではない。ナイフを持って殺意を抱いてその場に立っていたのだから、過重犯として責任を負わせるべきである、と老練な裁判長は結論し、陪席の若い判事たちはただこれに従うのみ。そういうストーリーだったように思います。

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ところがまあ、映画と来たら、松坂慶子と大竹しのぶと聞いて何だか嫌な予感がすると思って長く見なかったのだけど、見てみたらやっぱりというか、ただのドロドロ愛欲の三角関係ネタになってしまってる。野村芳太郎は原作を変えまくる監督ですが、難しい小説論なんか映画になるわけないとバッサリカットしたみたいで、まるで違う作品になってるんじゃないかと思います。

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ラブシーンを除けば、この映画で楽しむべきは佐分利信、芦田伸介、丹波哲郎らの重厚な演技でしょうか。目撃者のスケベ爺役の西村晃さんも含めて、この方々はいずれも原作通りという感じでした。

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ハツ子のヒモだったチンピラ役の渡瀬恒彦さんは当時はこんな役ばっかり。しかしどこか憎めない、しかも実は重要証言をする男を好演していた。

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しかし何と言っても一押しは山本圭さん。宏の元教師で、「あの子は本当はそんな子じゃないんです!」と教え子を信じてかばい続ける「教師の鏡」を、いかにもそのまんまと言う感じで熱演しておられました。こういう役をやらせたらこの人の右に出る人はいません。

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惜しいことに先年亡くなられましたが、「現実にこんな先生がいたらいいなあ~」と思わせる名優でした。

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後は証人役の北林谷栄さんとか。裁判所に来て証言してくれ、ていうから来てやったのに、あれこれ文句言われてたまったもんじゃないよ、とブツクサいうおばさん役。裁判なんて面倒なもんに関わるもんじゃないなあ、と教えてくれる名演技でした。私も裁判員が回ってきたとき体よく断ったものです。

芥川也寸志さんの音楽もいいし、それなりにいろいろ見所はあるのだけど、中心が松阪・大竹のお色気シーンじゃねえ… 個人的には残念な映画でありました。

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