『疑惑』

映画

2024-05-06

1982年の松竹作品で、原作:松本清張、監督:野村芳太郎、脚本:古田求、音楽:芥川也寸志。出演は岩下志麻、桃井かおり、仲谷昇、柄本明、鹿賀丈史、丹呉年克など。

原作はだいぶ前に読んだけれど、あまりおもしろくなかった。原作の主人公は強いて言えば秋谷かな? 球磨子の弁護をする佐原は中年のおじさんで、ストーリーの結末も全然違っていた。原作は松本清張だけど、実質的には野村・古田の合作と言っていい。

富山の大企業・白河酒造の社長の福太郎(仲谷昇)が、銀座かどこかのクラブでホステスの鬼塚球磨子(桃井かおり)と出会い、球磨子に惚れこんで後妻に迎えるが、多情で奔放な球磨子に翻弄され、福太郎はふさぎがちに。やがて二人の乗った車が夜の港の海に突っ込み、福太郎は溺死。球磨子は自力で這い上がるが、殺人容疑で逮捕される。福太郎には巨額の保険金が掛けられていた…というストーリー。

image

週刊誌が球磨子を「鬼熊」と書き立てて最初から犯人扱いし、誰も弁護を引き受ける者がない。すったもんだの挙句に佐原律子(岩下志麻)が弁護士に選任され、「あんた、本当のこと言わないと死刑になるわよ」と球磨子を冷たく突き放すが、それでも何とか弁護をしていく。

image

image

image

事件記者の秋谷(柄本明)も、球磨子に小馬鹿にされた恨みもあって、「あいつが絶対犯人に決まってる」と執念を燃やすのだが、秋谷が連れてきた球磨子の元恋人・豊崎(鹿賀丈史)は、法廷であることないことを証言し、球磨子が豊崎につかみかかって大混乱になる。

image

で、ある日律子は偶然あることに気づき、事件の思わぬ真相が、福太郎の遺児・宗治(丹呉年克)の口から明らかに…というストーリーなのだが、見てればたいていの人はわかるという「真相」で、松本清張の推理にしてはたいしたことがない。

image

この映画は推理劇というより、当時のマスコミの報道過熱ぶりを風刺することが主なテーマなのだろう。この頃は「保険金殺人」という言葉がやたらとテレビや紙面に踊っていた。1982年と言えば「ロス疑惑」が世間を騒がせた時で、これに便乗する面もあったんでしょうね。

秋谷が喫茶店かどこかで豊崎に金を渡すシーンなぞ、「週刊誌はこんなことやってんだろうな」と思わせる演出になっている。結局責任を取らされて左遷された秋谷は、なぜか律子に電話して「佐原先生、僕はね、負けませんよー!」と叫んで自転車に乗り、支局の田舎道を爆走する。無表情に電話を切った律子は、ホステス稼業に戻った球磨子とワインの掛け合いをやるのだが、ここも意味がわからない。

おまけに律子は、離婚した夫の片岡(伊藤孝雄)と、娘のあやこと三人で楽しい食事をした後、片岡の後妻の咲江(真野響子)から、「もう、あやこちゃんには会わないでほしい」と懇願される。

桃井かおりさんと岩下志麻さんの演技はいずれもすごい迫力で、とても見応えがあるのだが、映画のストーリーは何だか当時の世相をバラバラに詰め込んだ感じで、まとまりがない。保険金殺人、過熱報道、キャリアウーマン、離婚、親権…? これが一体どうつながるんだという話。なぜ律子が実の娘と別れる必要があるんでしょうか。

それとよくわからないのが、球磨子が白河家を無一文で放り出されるという結末。球磨子は福太郎と結婚していたわけだから、無罪になった以上堂々と白河家に居座れると思うんですけど。少なくとも遺産の半分は球磨子のもののはずですよ。それ持って東京でもどこでもいけばいいのでは。

名作だとは思うけど、いろいろ考えると辻褄の合わないところも多々ある。球磨子、律子という、それぞれのやり方で必死に生きる女たちに、どこか冷たい視線も感じる映画だと思います。

image