有栖川有栖『ブラジル蝶の秘密』

2022-02-09

有栖川有栖の火村シリーズの短編集だが、トリックはどうなんでしょう。いいような悪いような…微妙な感じがする。

〈以下、ネタバレあり〉

表題作の「ブラジル蝶の秘密」ですが、死体発見現場で「かがみ込んだのが犯人」という論理はどうなのか。いくら天井にちょうちょをわんさと張り付けても、みんなの目の前で誰かがかがみ込んだらわかるでしょ。しかも犯人だという証拠もない。そこまで書かないと探偵のただの推測で、推理小説としては不完全な気がする。

「ブラジル蝶」は結局どうでもよくて、かがみ込んだ=携帯電話をすり替えた=犯人という話だと思う。死体を見てうっかりかがみ込んだら後で何を言われるやら、と思ってしまう。

それから「妄想日記」。昔の交通事故が関わってて…というサスペンスドラマによくある設定。犯人はすぐわかってしまって、後は動機の解明だが、火サス・土ワイを見ていた人ならすぐピンとくる。時代を感じますねえ。

「彼女か彼か」これもすぐわかる。この作品だけ割と親切に「従兄妹というだけあってよく似てますねえ」。午前8時以前には容疑者二人ともアリバイはないから…という話だ。

「鍵」。貞操帯の話は昔シティーハンターでもありましたが、私が一番疑問なのは、あれをつけてるときはトイレはどうするんでしょう? 中世ヨーロッパならいざ知らず、現代日本で可能なんでしょうか。若妻の盗癖疑惑はいかにも目くらましだが、ここから話が展開した方がおもしろかった気がする。

一番首を傾げたのが「人喰いの滝」で、わざわざ長靴を20個も使う意味がわからない。で、その長靴はレジ袋かなんかに入れて「絶対死体が上がらない」という、殺人犯にとってはまことに便利な滝に放り込むのだが、それなら死体を放り込んだ方が早いと思う。雪の上に足跡をつけて川沿いの岩場に死体を転がしておくまでもない。

犯人は火村と有栖川がコンビニかどこかで買ってきて川に流した長靴を見てガックリうずくまってしまうのだが、これではたして有罪になるんでしょうか。証拠の長靴はそれこそ「絶対に見つからない」のだが。

最後の「蝶ははばたく」は推理小説というより昔話という感じで、台風か何かで足跡が消えたんでしょ、というのはすぐに思いましたね。「あの日は大波でたまたま消えてしまったんですよね」と、あのおじいさんが最後に付け加えればいいだけなのだが…

というわけで、個人的にはトリックはどれもいまいちだったのだが、火村と有栖川の「友達」としての会話も、はたで聞いてると気取った者同士のバカバカしいような内容で、バブル時代の軽薄な90年代そのものという感じがする。どうも有栖川有栖という作家は、私の好みには合わないようですね。