横溝正史『迷宮の扉』

2022-02-09

ジュブナイルものの金田一耕助の本格推理。しかし「本格推理」としてはまことに残念な出来になってしまっている。

暴風雨の中、三浦半島をブラブラ旅をしていた金田一耕助が雨宿りを求めた「竜神館」。そこには謎の美少年・東海林日奈児とその守役の老人降矢木一馬、家庭教師の小坂早苗と下男の杢衛がいた。

金田一は親切な老人に泊めてもらうことになったが、その日は不思議な使者が日奈児のバースデーケーキにナイフを入れに来ることになっていた…というのっけからおどろおどろしい、怪奇なストーリー。

その後も次々に怪奇、異様、謎の出来事が起こるのだが、事件はこれも奇怪な左右対称の建物・双玉荘での密室殺人へと展開する。

ここぐらいが話の絶頂で、ワクワクしながら読み進めたのだが、最後はあっけなくというか、無理からという感じのドタバタの結末で終わってしまう。読後感が何ともやりきれない。

〈以下、ネタバレあり〉

東海林竜太郎の莫大な遺産は、竜太郎の奇妙な遺産により、その子である双子の日奈児・月奈児に等分に、ではなく、一年後に生き残った方へ、となる。

そして二人とも死んだ場合は、二人とは何の関係もない竜太郎の付き添い看護婦・加納美奈子という美人に譲られるという。なんだかどこかで聞いたような話だな。

竜太郎が実は生きていて、というのはまだいいとして、その目的が…なんなんでしょう? 遺産を狙う二人の姉の遺児たちをあぶり出すためなのか。

しかしそのために、あれほど「平等」に慈しんでいた双子を互いに争わせるように仕向けるというのはまったく理屈に合わないし、最後は「あの不幸な子供たちは、死んだ方がいいのです」と竜太郎はさめざめと泣きだしてしまう。

その理由とは「二人がシャム双生児だったから」というものらしく、これはこれでずいぶん差別的な話だし、しかも二人は手術で完全に分離している上に、家庭教師のひいき目もあるのだろうが、二人とも心身ともに健康な優良児である。まあ結局、自分の惚れた美奈子に財産を与えるために邪魔な子供たちを死なせたのかな?と思ってしまう。

双玉荘の「密室」も何のことはなく、鍵を持っていた美奈子を気絶させて鍵を奪い、その鍵で西翼の扉を開けたというだけの話。これで「迷宮の扉」かい!ですよ。

致命的なのは、わざわざ身長190センチと記述されている竜太郎が、小男の虎若虎蔵に瞬時に化けてみせるというくだりで、いくらなんでもメチャクチャな話。怪人二十面相が小柄なお婆さんに化けるのでさえ「子供だまし」なのに、いくら中学生向けとはいえやりすぎだと思う。

たぶん、読者を引き付けるために「犬神」みたいなおどろおどろしい設定をあれこれ考えたのだが、それとトリックとストーリーをうまく整合させることができなくなってしまい、最後は苦し紛れの竜太郎の告白で無理やり終わらせたんだろうと思う。天井に隠れていたのが竜太郎だとなぜ金田一にはわかったのか?その説明もありませんでしたね。

戦後十年ほどだった昭和三十三年の連載だが、この頃横溝は「金田一もの」で本格推理作家としての名声を確立していた。しかしそのせいもあるのか筆を飛ばし気味という感じで、今まで書いた大人向けの小説から適当にモチーフを選び出してつなぎ合わせた感じがする。

肝心の推理の方は中途半端に終わってしまっているが、横溝正史の怪奇趣味、耽美趣味はこの作品でもよく出ている。そういうおもしろさはあります。