横溝正史『悪魔の降誕祭』

2022-03-12

昭和33年に「オール読物」に発表された中編。おどろおどろしいタイトルとこれまたおどろおどろしい杉本一文氏の表紙が印象的な作品だが、実際に読んでみると割とお堅い推理小説。まあまあおもしろかったですが、いろいろツッコミどころもありそうです。

昭和32年12月20日、金田一耕助の事務所に小山順子と名乗る女性が電話をかけてくる。金田一は所用があるため、管理人に頼んで女性を事務所に通してもらい、自分は夜9時までに戻ると女性に伝える。

しかし夜9時に金田一が戻ると、女性は青酸カリの薬物中毒で息絶えていた。そして事務所の日めくりカレンダーは12月25日にめくられていた。これは12月25日のクリスマス、つまり降誕祭に何かの犯行を予告するものなのか。

女性の本名は志賀葉子といい、今話題のジャズシンガー・関口たまきのマネージャーだった。志賀葉子の持参した封筒には新聞の切り抜き記事があり、そこにはたまきとピアニストの道明寺修二、たまきの叔母の梅子が写っていたが、なぜか梅子の上半身だけ切り取られていた。

25日、たまきの新居でパーティーが開かれる。たまきの夫・服部徹也は道明寺とたまきの仲を疑っていた。謎の手紙でたまきの私室におびき寄せられた道明寺とたまきは、部屋に隣接する小廊下で物音がしたのに驚く。ドアを開けると、背中をナイフで刺された徹也の死体が倒れ込んできた。

金田一と等々力警部ら警察関係者は、梅子、道明寺の友人・柚木繁子、たまき、道明寺、徹也の娘でたまきの養女である由紀子、お手伝いの浜田とよ子らに話を聞く。梅子にはアリバイがないが動機もない。島田警部補はたまきを犯人だとにらむが、繁子と由紀子の証言でその自信も揺らいでしまう。たまきは死体が発見される直前までパーティーの部屋を離れておらず、由紀子も小廊下の父と別れた後、とよ子の付き添いで自室へ戻り、テレビを見ていたのだった。

決定打がないまま時は過ぎ、たまきと道明寺の婚約披露パーティーが開かれる。パーティーに押しかけた金田一と等々力警部。皆が二人に注目する中、たまきや由紀子たちと紅茶を飲んでいた金田一は、突然「あ、あの音は何だ? 等々力さん、見てきてください」と声をあげる。

等々力警部はいったん部屋の外へ出るが、すぐに何もなかったと戻ってくる。皆がホッと一息したのもつかの間、続く金田一の発言で犯人が明らかになる。

〈以下、ネタバレ〉

読んでいてとてもおもしろかったけれど、結末にはいろいろ疑問に思った点が。

一番のポイントは、背中を刺された徹也が実はしばらく生きていて、犯人を去らせたのち、たまきと道明寺がやってきたころに絶命したという点。こんなことが可能なんでしょうか。

背中を刺されても臓器に達していなければ致命傷にはならず、仮に静脈を損傷していても出血死に至るまでは間があるだろうから、数分間は生きていることも可能でしょう。

実際の犯罪事件でも背中をナイフで刺されたが、急所は外れていて命に別状ない、ということはままあるようで、ロシアではナイフが背中に刺さったまま翌朝まで気付かなかったという男もいるとか。まあさすがにこれは眉唾ですが。

ただ問題は、その激痛に徹也が耐えていられたかということ。この『悪魔の降誕祭』では、徹也には犯人の由紀子に対する罪業感があり、そのため無言で手を振って由紀子を去らせ、しばらくしたのち絶命したと説明している。

う~んという説明だが、ないわけではないかもしれない。しかしそういう可能性の低そうなトリック自体どうなのかという気もするが。

次に引っかかったのは新聞の切り抜きで、梅子の上半身が切り取られていたので、捜査陣は梅子を犯人だとも考えたのだが、これはまったくの偶然で、葉子が持ってきたのはその裏側の記事。東京のとある住宅街で野犬の中毒症状が頻発し、何者かが毒を盛っているのでは?という話題で、この住宅街はたまきや由紀子の住む町だった。

つまり葉子は由紀子が犯人だと疑い、近々由紀子がとんでもない事件を引き起こすのではないかと考えて、金田一の元に相談に来たのだった。しかしそれを察知した由紀子は、葉子が服用している強壮剤に青酸カリを混入し、先手を打って葉子を殺したのである。

しかしまあ、実は裏の記事が大事だったというのはちょっとひどいんじゃないでしょうか。たまたま表の写真が事件関係者の写真だっただなんて、そんな確率万分の一もないでしょう。いかにたまきが人気沸騰の歌手だったとしてもですよ。

金田一耕助の「推理」というのも、あり得るストーリーのうちの一つにすぎず、「由紀子が犯人でなければ」というほど詰めたものではない。確かにありそうな話、自然な話かもしれないが、決定的な証拠には欠けている。結局のところ、由紀子がたまきの紅茶に青酸カリを入れたという事実がすべての決定打で、志賀葉子や服部徹也殺しは金田一の想像の域を出ないのではなかろうか。