横溝正史『女怪』

2022-03-13

昭和30年に「オール読物」に発表された短編小説。角川文庫版の『悪魔の降誕祭』所収。

横溝の作品を網羅しているサイト「横溝正史クロニクル」によると、横溝は昭和2年にも「女怪」という小説を書いたがこちらは中絶したらしい。戦後になって改作したものだろうか。中身も戦前の横溝の作風に戻っているような。

大まかなストーリーはウィキペディアにも載っているが、横溝自身と思しき「先生」と伊豆の山村に旅行した金田一耕助は、そこに修行場を構える跡部通泰という胡散臭い行者と出会う。跡部は持田恭平という資産家の別荘を譲り受けて修行場にしていたが、持田の未亡人・虹子は銀座でバーを営んでおり、金田一の片思いの人であった。

金田一と「先生」は、跡部が持田の墓から歩いてきたのを目撃したが、跡部はちょうど頭蓋骨が入るくらいの箱を小脇に抱えていた。そこから金田一と「先生」は、脳溢血で急死したという持田恭平は、実は虹子に殺害されたのであり、その頭蓋骨に何らかの証拠が残っているのではないか、跡部はそれをネタに虹子を脅迫するつもりなのではないかと想像する。

頭蓋骨に何らかの痕跡が残る殺害方法とは何なのか。やがて虹子の元に賀川という元子爵家の令息が現れ、二人は恋仲になるのだが、金田一は事件の真相を見抜いて苦悩する…というストーリー。

〈以下ネタバレ〉

跡部はサングラスと眼鏡を二重にかけているという奇人で、跡部通泰という名も本名かどうかわからず、行者として名望を得る以前の経歴も不明。そこからしていかにも誰かの変装ではないかと思わせる。

では誰の変装なのかというと賀川で(私は持田が実は生きていて…かと思ったのですが)、この賀川という名前、『殺人鬼』で出てきた犯人の亭主の名前で、賀川も別人に成りすまして殺人を重ねていた。

こういう変装トリックは横溝の得意技だったようで、戦前の作品『片腕』(昭和5年)でも、子爵だか男爵の令息が変装して二重生活を送るが、邪魔になった二人目の妻を殺害する、というストーリーになっている。戦前に考えたいくつかの作品をベースに戦後に書き直したのがこの『女怪』なのだろうか。

しかし、いくら付け髭にかつらを使っているとはいえ、虹子が恋人の賀川と脅迫者の跡部が同一人物であることに、まったく気付かないでいられるものだろうか。

それと賀川の変態趣味で、一方では誠実な恋人として虹子に接しながら、他方では変質者の脅迫者として虹子に迫るというこの心理が理解しがたい。金田一に真相を告げられた虹子は自殺してしまうのだが、虹子もこんな二重人格の変質者が賀川の正体だと知ったら、はたして自殺しようとまで思うものでしょうか。

それはともかく、金田一の恋愛を扱った数少ない作品の一つで、話の中心はやはり恋愛という気がする。横溝は恋愛をミステリーに持ち込むことが好きだったけど、特にこの作品は全体に湿っぽい話だと思う。賀川や持田の異常性愛には江戸川乱歩の影響もあるかもしれない。

伊豆の山奥が出てきたが、事件そのものは山村とはほとんど何の関係もない。作品の冒頭で「金田一耕助は隙のない論理で犯人を詰めていく」と説明しているのだが、金田一がどういう推理で虹子の犯罪と賀川の変装に気付いたのか説明があまりないので、本格推理とは言えないような気がする。横溝の思う「論理」とはいったいどういうものなのか、改めて考えさせられました。