横溝正史『幽霊座』

2022-03-14

昭和27年発表の中編推理。歌舞伎の世界を扱った異色作だが、まあまあおもしろかったです。

〈以下ネタバレ〉

犯人は紫虹と民造で、紫虹は実は先代の鶴之助が看護婦に産ませた子であり、民造こそその看護婦だった。つまり民造は実は女で、夫を毒殺した前科があり、紫虹もその犯罪性向を母から受け継いでいた。

紫虹は子供の頃に弟を殺しており、その現場を見た女中も殺していた。鶴之助はその事実を知って失踪し大陸へ出奔したのだった。紫虹は、幽霊座を大手の劇場と合併させて自分がその中心役者になろうとしており、これに反対するおりんと邪魔な雷蔵をも殺そうとしていた。

ところが毒入りのチョコレートを雷蔵に食べさせたところ、代わりに紫虹が出演せざるを得なくなり、民造が舞台の船形に仕込んだ毒針が紫虹に刺さってしまう。自暴自棄になった民造は、犯行現場を見てしまった音平を殺し、さらにおりんと雷蔵も殺そうとするが、金田一に見破られる。

というストーリーなのだが、ストリキニーネを仕込んだチョコレートのために自分が毒針に刺さる羽目になるというのは、何とも間の抜けた話だと思う。紫虹と民造親子の意思疎通がうまく行ってなかったんでしょうか。

ゴムまりにニコチンを塗った針を仕込んで凶器に使うという発想はなかなかおもしろかったが、音平のダイイングメッセージとされた、犬塚信乃のブロマイド?はどうでしょうか。音平は字が書けなかったとか何とかで、とっさにこれを使って民造が実は女であることを伝えようとしたのだが。ドラマとしてはおもしろいですが。

読後感はまあまあというところだったのですが、歌舞伎の説明が長くてそれにはちょっと閉口しました。筆者も「この話を理解する上では必要なので…」と前置きはしているのだが、歌舞伎になじみのない人にはつらいかな。

チョコレートにストリキニーネを混ぜるというのは横溝得意の毒殺方法だが、これであっさり雷蔵とおりんを殺してしまえばよかったという気もする。しかしそれだと船形の舞台はいらなくなるので、普通の毒殺事件になってしまう。歌舞伎を舞台にしていかに殺人事件を編み出すか、作者の苦労が垣間見える作品だと思いました。