『犬神家の一族』

映画

2022-03-19

1976年公開の石坂浩二版。この映画の映像的な特質に関しては中川右介氏もいろいろ指摘しているが、確かに練りに練った画面構成だと思います。

日本映画に革命を起こした『犬神家の一族』はここがスゴかった
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/49684?imp=0

改めて市川崑監督のすごさというのは画面に対するこだわりなんでしょうか。何度見返してもいろいろなところに強いこだわりがうかがえると思う。

金田一耕助が長野県那須市を訪れるシーン。向こう側から那須ホテルの女中・はる(坂口良子)が歩いてくるが、右側の電信柱には「犬神製薬」の広告が貼りつけてある。安っぽい代物ですが、この町が犬神製薬の企業城下町であることをそれとなく示している。

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那須ホテルで金田一耕助が宿帳に記入するシーン。万年筆を振ってインク切れを暗示する。それだけ安っぽい旅館なんだと。こういう「暗示」が市川作品には多いような気がする。

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金田一耕助という名前を知らない視聴者のためだろうか。ここで主人公の名前を明示する。青インクの几帳面な楷書体で、金田一の生真面目な人柄がここで表れているような気がする。

那須ホテルの窓から見た風景ですが、窓から見える山々は絵に描いたものではないかと。

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中川氏も指摘した俯瞰の撮影。20秒程度の短いシーンだけど、わざわざこのために足場を組んで撮影しているのだと思う。

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古ぼけた町屋の間をゆっくりと二人が歩いて行く。その間に古舘弁護士が犬神家の一族について金田一に説明をするのだが、少しずつ琴の映像が挿入され、やがて琴を弾く竹子夫人(三条美紀)の画面へと遷移していく。ゆったりした金田一・古舘の歩みと、急激な琴の旋律との対比がおもしろいと思う。

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ここでも電柱には「犬神製薬」の広告がある。手を抜かないというか、細かい演出。この町での犬神家の大きさというのがよくわかる。

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わざわざ屏風の金箔を貼り換えたという犬神家の広間。スタッフは大変だったでしょうが、このシーンのインパクトはかなりのものがありました。犬神家がいかに財産家で、その一族もいかに強欲な連中であるかがギュッと濃縮されていた。この場面がこの映画を象徴する映像になっていたと思います。

佐清が仮面を剥いで見せるシーン。驚く犬神家の人々。画面の右端では猿蔵がガラス戸に映っている。猿増の胡散臭そうな視線で、佐清がいかに怪しい人物かが強調されていると思う。

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佐清が仮面を再びつけるシーンでもわざわざ口を不気味に動かしておどろおどろしさを増す演出。こういう不気味さ、怪奇な感じがやっぱり横溝作品のおもしろさだと思いますね。

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犬神佐兵衛の遺言状の内容を聞く犬神佐清。ここも背景を少し暗くして、佐清の仮面の薄黄色がかった白色を際立たせている。それで少しずつアップになっていくのがまたおもしろくて、不気味さ、これから起こる惨劇への予感を高めてますね。

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有名なバルコニーの絵画シーン。このためだけに場面をそっくり絵に仕立てている。またこの絵がいい出来で、角川文庫の表紙みたい。青を基調にした色遣いが印象深い。神話か伝説の本の挿絵を思わせるような絵で、映画の物語性を高める演出なんでしょうか。

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湖畔の旅館で橘署長らと出会った金田一。石坂浩二の演ずる金田一耕助は明朗闊達、いかにも頭がよくて、才気ほとばしるという感じ。横溝正史はそれが少々不満だったようだが、市川崑は金田一の天才性を前面に押し出している。

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ただ肝心の推理については説明が不足気味で、映画の最後の方で本物の佐清に「そうじゃないでしょう。あなた青沼静馬に脅されていたんですよね」と詰め寄るシーンでは、ちょっと唐突な感じがしてしまった。

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この角川映画第一作では金田一役の石坂浩二も髪はまだ割とそろっている。ちょっと茶髪なのも当時を感じさせる。次々作の「獄門島」で完全な鳥の巣頭になるが、このころはまだ髪型も試行錯誤だったのだとわかる。フケにパン粉を使うのもまだこのころはやってなかったそうで。

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事件現場の一つである犬神家のバルコニー。とてもきれいな景色だけど、これは実写のよう。しかし倒れていた佐清を皆が発見するシーンでは、背景の曇り空は絵のように見える。だとしたらまた細かい演出だと思う。

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湖底から浮かび上がる佐武の身体。これもわざわざ水中撮影をしていて、撮影班の労力たるや大変なものだったと思いますが。でも首なし死体の恐ろしさはこのシーンで際立っている。

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これもすごいなと。土砂降りの雨の中で屋根の上の佐智の死体を回収に行く。

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屋根瓦が広大で、それが犬神家の勢力を暗示し、その犬神家のために佐智がむごいやり方で殺される。そういう暗示にも思えるのですが、考え過ぎかな。

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松子、竹子、梅子が青沼菊乃をいたぶるシーンでの三人の化粧。真っ白に塗りたくって、三人の鬼女の心情を表したあくまで象徴的なものですが、なかなかこれも印象的でした。少し非現実的な感じもしてしまうが、それだけ三人の怒りのすさまじさを表現しているのでしょうね。

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成人向けのシーンを白黒で見せるのも市川崑の特徴の一つでしょう。野村芳太郎だと割とズバリとカラーで見せるのだけど、市川さんはそういうのは抵抗があったのかな。

仁科鳩美さんというポルノ女優を使っているそうですが、白黒のコントラストがきつくて細かいところはほとんど見えないが、それがかえって猥褻な感じがする。犬神家のドロドロした人間関係を際立たさせるうまい演出だと思います。

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こういうところも何でもないシーンだけど、珠世の着物の赤紫と佐清(実は青沼静馬)の着物の濃紺色が対比を成している。間の松子夫人の着物は濃い紫で、ちょうど中間色ではないか。たぶんそこまで計算して着物の色を選んでるのだと思う。三人の背景にはちょうど無色の壁紙が来るようにしているのではないかと。

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松子が信仰する犬神。犬神家の家名の由来として原作でもサラッと触れてはいるが、松子が信心しているというのは映画のオリジナルらしい。犬神が憑いて松子を残虐な殺人に駆り立てるという説明で、映画では動機に超常的な背景を付加している。

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松子が浴びる血しぶき。「犬神家」と言えばこれと佐清の二本足で、この血しぶきを挿入した画面では白黒で見せている。白黒にするとどこか非現実的な感じになって、象徴的な意味合いが強くなるような気がする。

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金田一耕助が松子に詰め寄るシーン。ここでも背景に犬神家の金の襖を持ってきている。この後犬神佐兵衛の亡霊?が現れるのだが、ここで結局松子も佐兵衛翁に操られていたことを悟る。金の襖というのは犬神家の権力を象徴しているのではないでしょうか。

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藤崎鑑識課員と橘署長、金田一、古舘弁護士。科学実験の場面で実験器具を前面に映すのは定番という感じだか、人物の背の高さを計算して慎重に立ち位置を決めている感じ。実験器具の配置も合わせていると思う。

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何度も見返すと、なるほど市川崑は「色彩の魔術師」だと納得します。ブルーレイだとその色彩表現がどれだけクリアによみがえるのか、これも興味深いところですね。