J.D.カー『テニスコートの殺人』

2022-03-20

テニスコートの真ん中で絞殺されていた被害者。雨が降った後でぬかるんだテニスコートには、被害者の死体の足跡と、被害者の婚約者の足跡だけ。婚約者が犯人でないなら、犯人はどうやって自分の足跡を残さずに被害者を絞め殺したのか。

<ネタバレ>

犯行現場のテニスコートには周囲に防護用の金網がかけられており、支柱がこの防護ネットを支えていた。その支柱からロープを垂らして反対側の支柱にかけ、テニスコートの真ん中あたりを通るようにしておく。ちょうどつり橋を渡すような感じ。

そこへ被害者を口実を設けておびき寄せ、言葉巧みに騙してロープを自分の首に巻き付けさせる。すかさずロープを引っ張って被害者を絞め殺すと、うまい具合にロープを外してスルスルと引っ張り、金網からロープを回収する。これで被害者の足跡しかないテニスコートが出来上がる。

<感想>

わかってしまえば何と言うことのないトリックで、これなら足跡を残さず被害者を絞殺できるような気もするが、一番の難点はこれほどうまく被害者を騙せるかということでしょう。

この点本作では被害者がろくでもない人間で、ある種の性格破綻者であることを強調する。だからこそこんな詐術にも引っかかってしまったのだという説明なのだが、普通なら誰も思い付かないような被害者の特異な性格をトリックに使うのは、やはりアンフェアだと思う。

それにこういう機械的なトリックでは割とはっきりと痕跡が残ってしまうんじゃないでしょうか。警察も支柱を調べればロープを張った跡を見つけるかもしれず(というか見つけるのが普通だろうと思う)、それならわざわざギデオン・フェル博士が出張ってくる必要もないのでは?と思ってしまう。

しかしこれもコロンブスの卵で、いざやってみたら、当日雨も降っていたことだし、ロープの痕跡が消えてしまえば案外トリックはわからないかもしれない。テニスコートには防護ネットを張っているのが普通なので、やはり本作は「テニスコートの殺人」でなければならない。単なる密室殺人ではないのはおもしろかったです。