横溝正史『トランプ台上の首』

2022-03-24

角川文庫『幽霊座』所収。短編として発表されたものを改作して昭和34年(1959年)に発表したもの。

冒頭が隅田川の水上総菜屋の描写から入るのが特徴的で、今でもタイとかで水上の料理屋があるが、昔は日本でも割と多かったらしい。大阪淀川の「くらわんか船」も江戸時代に総菜や飯を船上客に売っていたが、隅田川には昭和30年代までこういう職業が残っていたのだろうか。

その水上総菜屋の宇野がいつものように船の上に総菜を並べて、お得意先の多いとある集合住宅に横付けにする。そこで得意客の一人、1階の部屋に住むストリッパー・アケミの部屋を覗くと、部屋のトランプ台の上にアケミの生首があった。警視庁で等々力警部と話していた金田一耕助は捜査に参加するが、捜査主任の菅井警部補は金田一を目の敵にする。

その前夜、アケミはストリップ小屋の郷田主任や幕内担当の伊東、同僚の高安晴子らとトランプをしていたのだが、なぜかアケミは裸の上にオーバー一枚でトランプをしていた。捜査が進展するにつれ、アケミには稲川というパトロンがいること、稲川は大阪に行くと会社を出て以来、行方不明であることなどが明らかとなる。

やがて稲川の会社の社長室で、支那鞄の中から稲川の死体が発見されるが、社長室からは宇野の帽子も発見される。菅井警部補は「この野郎!」と宇野を締め上げるが…というストーリー。

〈ネタバレ・感想〉
横溝正史は死体のすり替えトリックが好きなので、たぶんこれもそうだろうなあ…と。横溝は首をちょん切るのが好きだと自分でも言ってるが、胴体がないということは胴体に何か本人とは違う痕跡があるのだろうと思いながら読んでいった。

推理小説もある程度同じ作家の作品を読んでいくと「パターン」が見えてくるので、そのパターンがうまく当てはまるとトリックがわかることが多い。なんだか受験のテクニックみたいだが、本格推理作家も毎回違うトリックを考え出さなければならないので本当に大変だとは思うのだが。

双子のお姉さんと何十年ぶりかで出会ったのに、金のために身代わりとして躊躇なく殺すというのはえげつなすぎてかえって現実感がない。双子を使うというのは本格推理としては失格だとヴァン・ダインだかが書いていたと思うが、横溝は兄妹姉妹を身代わりにするのも割と好きで、トリックとして使うのにあまり抵抗がなかったらしい。

トリックは単純というか横溝の型通りなのだけど、金田一に対抗意識をむき出しにする菅井警部補の描写を割と克明に描いている。金田一は菅井にコケにされても受け流して争わないのだが、横溝自身こういう体験をいろいろしてきたのだと思う。それぐらい菅井と金田一のやり取りを細かく描いていて、最後はもちろん菅井はギャフンとなる。

昭和30年代の東京下町の風俗もおもしろかった。「トランプ台上の首」とものものしいタイトルだが、中身は風俗小説+本格推理という感じで、文章もあっさりしている。読みやすいし金田一と他の刑事たちとの掛け合いもテンポが良くておもしろいが、怪奇趣味の読者にはむしろ物足りないかもしれない。ホラー文庫にも入っているけど、中身はホラーとは言い難いですよ。