横溝正史『幽霊男』

2022-03-31

東京と伊豆を舞台にしたエログロ推理で、昭和29年(1954年)の発表というが、読んでみるとそのまま現代に移しても通用しそうな内容。江戸川乱歩の影響が強く出ているようにも感じる。

神田のヌードモデルクラブ「共栄美術倶楽部」に不気味な男が現れ、自ら「幽霊男」と名乗ってモデルの斡旋を依頼する。同じ頃、都内の「聚楽ホテル」にも異様な男が現れて部屋を一つ予約するが、男がホテルに持ち込んだトランクからは、共栄美術倶楽部のヌードモデル・恵子の死体が発見される。

とまあここまでくれば、エログロものだなと。共栄美術倶楽部は売春目的のモデルも置いているモデル斡旋業者で、会の運営に当たる加納医師、菊池、新聞記者の建部のいずれも変態趣味のふざけた連中である。モデルには美人もいれば不器量もいるが、彼女たちが哀れにも次々と「幽霊男」の手にかかって血まみれになっていく。

ところがこの共栄美術倶楽部、懲りずに伊豆の百花園でまたヌード撮影会をやるという。やっぱりモデルが殺され、園の庭園内の浮島で上半身・下半身に真っ二つにされた死体が発見される。上半身は絵画のポーズで浮島の花の中に飾られるという趣味の悪い演出。

トランクの死体のポイントはトランクに空気孔があったことで、これが何を意味するのかということ。浮島のバラバラ死体は、発見の際のトリックを見破れるかで、単純だがこれはなかなか効果的だと思いました。しかしあんな短時間にバラバラ死体を飾ったりできるのかという気もするが。

ここまではかなり本格推理という感じで読み応えがあったのだけれど、後はもう無意味にヌードの女たちが殺されていくだけの話。ストリップ劇場で「幽霊男」に殺される女の芝居をやったら本当に幽霊男に殺されてしまったりとメチャクチャなストーリーで、宮川美津子が隅田川河畔の洋館で殺された経緯などは詳しいことはほとんど書かれておらず、ちょっと投げやりな感じもする。

浮島のバラバラ死体とか「幽霊男」と名乗る怪人の出現、それから生身の人間そっくりの蝋人形などは、「蜘蛛男」とか「一寸法師」とよく似ていて、江戸川乱歩の強い影響を感じる。連載された雑誌「講談倶楽部」は、戦前に乱歩が「蜘蛛男」や「人間豹」を連載した雑誌だが、さもあらんという感じ。荒唐無稽な設定とエログロ趣味が売りの大衆読物という雰囲気が充溢している。

田舎の農村などはほとんど出てこない、都会のエログロサスペンスものという感じだが、松本清張の言い方じゃないけど、それこそ「無意味に女たちが殺されていく」というストーリーで、現実感が全然ない。トリックの奇抜さがなかったらただのエログロ小説だと思う。

後半に出てくる「マダムX」というのも何じゃそら?で、マダムXと蝋人形とくると私などはルパン三世の「マダムXの不思議な世界」を思い出す。この『幽霊男』のインスパイアされたのじゃないか。

数年後に「講談倶楽部」は廃刊になってしまうが、戦後の混乱期にはこういう退廃的な小説が受けたのだなあと思う。戦前の乱歩の「変格もの」小説との連続性も感じる。都会を舞台にした作品だと、横溝は乱歩の影響がモロに出てしまうようですね。