『病院坂の首縊りの家』

映画

2022-04-04

市川崑監督、石坂浩二主演の金田一シリーズの中では、一番出来が良くない映画かな…

角川文庫版で2分冊の長大な小説を無理やり2時間半の映画に詰め込んだという感じで、話が複雑すぎて、1度見ただけで登場人物の人間関係や事件の背景が理解できた人はほとんどいなかったんじゃないかな。

おまけに意味不明な演出が多くて、ただでさえ難解なストーリーをさらに難解にしてしまっている。なんだか市川監督の「もういいかげん、やめたいんだよ」という叫びが聞こえてくるような感じで、俳優たちの演技も全体に大げさで、1回目は見ていて辛かった。

〈以下、ネタバレあり〉

この「病院坂」は東宝の近くにあるそうだが、ここはなかなかいい雰囲気。右側の家の黄色い壁がいいアクセントになっている。

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「吉野市」とされる家並み。まるで大正か明治の雰囲気だが、市川崑はこういうレトロな景色が好きらしい。古風で、少しぼろいぐらいの家や店を好んで使っている。

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ただ、吉野市を関西地方としたことはどうだったのか。登場人物の多くが関西訛りの言葉を使っているが、「病院坂」という地名は何となく東京風だという気がする。関西でも神戸は坂が多いが、この吉野市は神戸という感じもしない。

山内小雪(桜田淳子)。伏目がちで言葉も少なく、あわてて帰って、見るからにおかしな雰囲気だが、真相がわかってからもう一度映画を見ると、納得の言動になっている。

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山内敏男(あおい輝彦)の生首。義理の妹と結婚したいと言い出す困った男だが、横溝正史はこういう兄妹の近親相姦ネタが大好きである。生首も横溝大好きのネタだ。

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法眼由香里(桜田淳子)。山内小雪とそっくりで、一人二役なのか、それとも双子なのか、というのがこの話のポイントだが、実は腹違いの姉妹で、これも横溝得意のパターンである。

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ただ「病院坂」では、小雪の母・冬子は法眼弥生(佐久間良子)の娘なので、由香里と小雪は伯母・姪の関係にもなっているのかな? 原作とは少し違う人間関係だが。

まず演技が大げさなのが等々力警部役の加藤武。「犬神」から5作目の本作だが、回を重ねるごとに演技が大げさでのぼせたようになっている。性格も回を追うごとに横柄で嫌味になっている。

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加藤武さんは名優だとは思いますが、ちょっとワンパターンなんですよね。どの役でもだいたい同じで、現代劇でも時代劇でもいっしょ。ご本人もインタビューで「現代劇も時代劇も同じだろ」というようなことを言っておられたが、その点例えば織本順吉さんは、現代劇と時代劇とでは演じ方を使い分けている。

加藤さんは今村昌平監督の映画にも北村和夫などとともによく出ていたが、やがて今村作品には呼ばれなくなる。加藤さんは「晩年の今村には北村和夫の方が合ってたんだろ」とも言っておられたのだが、どうも加藤さんの演技は北村さんや織本さんに比べると平板な気がする。

次が大滝秀治。冬子の縊死事件を扱った加納巡査の役だが、この人もとにかく演技が濃い。特捜最前線でもだいたい濃かったですが、たぶん市川監督の演出で輪をかけて濃くなっている。

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それから常田富士男。本條徳兵衛が命を狙われたという廃ビルの管理人・権藤だが、金田一耕助に「もしかしたらあなたが風鈴に当たって死んでいたかもしれませんよ」と言われると、「あーっ! そうかい!」と無意味に声を荒げる。等々力に「徳兵衛は殺された」と言われて「まあ~」とビックリする演出も意図がよくわからなかった。

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そもそもなぜ徳兵衛がこの廃ビルを訪れたのか、その説明がほとんどない。金田一が廃ビルを調べた経緯も端折られているようで、権藤が「私はこんな人見たこともありませんよ」と等々力警部に説明するセリフも唐突に感じる。

とどめは白石加代子。法眼琢也の実母・宮坂すみ役だが、異次元の濃い演技になっている。ほとんど白石加代子の一人芝居で、大げさな演技もここまでやると圧巻という感じがする。

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やっぱりこの人が…という感じの法眼弥生(佐久間良子)。ゲストの大物女優が犯人というパターンがこの映画で確立したような気がする。

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とてもきれいな人ではありますが、演技がかわい子ぶってるというか、少女チックにしてる感じがちょっと… 実は孫までいるという(15歳で産んだ娘の子だが)歳なのに、どこか乙女みたいな仕草というか、表情が抜けない。

五十嵐猛蔵役の久富惟晴。この人も顔はすごくきれいな人なのだが、えげつない悪役ばっかりする。「本條! 速く撮らんか!」と徳兵衛に命ずるシーンなんか、ホント悪いやっちゃな~と思います。しかしこのセリフの演技はなかなか迫力がありました。

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黙太郎役の草刈正雄さんの演技もどうなのか…妙に飄々とした「感じ」にしていて、かえってぎこちないように見えましたが。だいたいこの人も大げさな演技をするけど、この映画では、好人物の青年という雰囲気はよく出ていました。

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しかし、とにかく膨大な内容の原作を大幅に端折って詰め込んだので、説明不足のところが少なからずあった。なぜ弥生が最愛の母を屋根裏部屋に寝かせているのかの説明もなかったし、冬子が弥生の娘であることを示す風鈴の銘文も、説明が短すぎでとてもわかりにくかった。

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弥生が山内敏男の死体から生首を切断するシーン。ここももう死んでいるのだから、こんなに血は吹き出さないのでは? とにかく「血しぶき」を出さねばならん、ということなんでしょうか。ここまで来るとさすがにマンネリになってしまう。

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「先生」(横溝正史)の遠縁の娘だという「妙ちゃん」(中井貴恵)と古本屋で話し込む金田一、黙太郎。妙はかつての横溝と同じく薬学部の学生という設定だが、薬学の知識をひけらかして「死体を薬剤で処理すればいい」というのは松本清張のパクリでしょう。薬学部だと薬学で殺人、というのも安直な発想のセリフだし、妙の顔を左右から撮って細切れにするのも訳のわからない演出だった。

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全体に救いがないほど欠点が目立つのだが、古風な街並みのロケーションは良かった。映像美で救われている感じで、一度見終わるとまたすぐに見たくなった。やはり「名作」なんでしょうか。

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病院坂に立ちつくす金田一耕助。彼はこの後アメリカへ行き、行方不明になる。余情を感じさせるいい場面。

しかし「完」が出るのはなぜか「先生」の書斎。先生と奥さん、黙太郎と妙で、そもそも本作では黙太郎が法眼家の系図を調べたりして走り回り、金田一の出番は少なく、何となく影が薄い。石坂浩二の金田一はもう終わり、という意図なのだろうが、そのくせ後年もう一度「リメイク」という形で「犬神」を撮るのだから、チグハグ感は否めない。

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石坂浩二・市川崑の金田一シリーズ最後の映画、という意義はあるけど、そうでなければなんなのか…シリーズの同窓会のような感じで終わってしまった本作だが、それでもギリギリおもしろかった。見終わってすぐにまた見たくなったから、そのうちまた見たくなるかもしれません。