横溝正史シリーズⅠ「悪魔の手毬唄」

ドラマ

2022-04-19

古谷一行のテレビ版で1977年放映。横溝正史シリーズの中でも屈指の出来ではないでしょうか。

全5回分の放映で原作をほぼ忠実に映像化しており、事件の背景や犯人のトリックについてもかなり丁寧に説明している。キャストも原作に近く、演出は総じて地味だが手堅くまとめた印象で、森一生監督の手腕のほどがうかがえる。

〈ストーリー〉

静養のため鬼首村を訪れた金田一耕助。のどかな村の風景に「こんな静かな村に事件なんてないでしょう」とつぶやくが、村へ案内した車夫から鬼首村にも20年前に殺人事件があったと聞かされる。

仁礼家と由良家の二大勢力が対立する鬼首村。仁礼家の嘉平はブドウ栽培とワインの醸造で産を成し、急速に勢力を拡げていた。一方の由良家は、20年前のモール作り詐欺に引っかかって村人の信用を失って以来、現在に至るまで振るわない状態が続いている。

逗留先の亀の湯で多々良放庵と知り合った金田一耕助。放庵は20年前、亀の湯の亭主・青池源治郎が詐欺師の恩田幾三に殺された事件を語る。

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恩田は事件後逃亡し、現在も行方不明。恩田が村の娘・別所春江に産ませた子である別所千恵子は、母と村を出た後、グラマー歌手「大空ゆかり」として有名になり、故郷に錦を飾る。

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千恵子を歓迎する同窓生の若者たち。一方、金田一耕助は放庵から放庵の元妻・おりんへの復縁の手紙の代筆を頼まれるが、別の所用で近在の総社の街を訪れる。

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総社へ向かう峠でおりんとすれ違う金田一耕助。異様に腰の曲がった老婆であるおりんは、金田一に「おりんでござりやす。戻ってまいりました。可愛がってやってつかあさい」という言葉を残して行き過ぎる。

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だが金田一耕助は、総社の旅館の女中・おいとから、すでにおりんは死亡していると告げられる。驚いた金田一は急遽鬼首村へ戻るが、放庵の家に放庵の姿はなく、吐血の跡と、水がめの中の山椒魚が残されていた。

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〈以下ネタバレあり〉

原作通りの夏の撮影のせいか、市川崑の映画版のような暗さはあまりない。ただ、夜の農村の闇の中を不気味な老婆がとぼとぼと歩いて行く様子は凄味があり、怪奇色はテレビ版の方がずっと強くなっている。

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そもそもこの「おりん」という名前、深沢七郎の『楢山節考』に出てくるお婆さんの名前で、このおりんは若者に見捨てられる老人の象徴である。横溝正史はこの『楢山節考』に衝撃を受け、これに倣って「鬼首村手毬唄」を創作し、童謡殺人として『悪魔の手毬唄』を書き上げる。

『楢山節考』のおりんは、子供たちのために自ら死に赴くが、『悪魔の手毬唄』のおりんは若者たちを次々に殺していく。

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横溝は『悪魔の降誕祭』でも、楢山節考を熟読する老女・梅子を登場させている。当時の横溝は作家としてすでに中堅の域を過ぎており、松本清張ら社会派推理作家の台頭に脅かされつつあった。

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夜の仁礼家。映画の「本陣殺人事件」で登場した一柳家とよく似ているような… ここで千恵子の歓迎会が開かれていたが、同じ頃、おりんと歩く由良泰子の姿が目撃される。翌朝、泰子は滝の下で絞殺体となって発見される。この泰子の死体は人形のようですが、ここも恐ろしいシーンでした。

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歌名雄役の高岡健二さんと仁礼文子役の新海百合子さん。高岡さんは原作とピッタリで、スラリと背が高くて男前。文句なしの配役でした。文子役の新海さんが歌名雄への愛を告白するシーンもなかなか見どころでしたね。

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由良泰子役の渡井直美さん。可憐な役柄で、最初に殺される可哀そうな女の子という感じがよく出ていました。

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里子役は池波志乃さん。泰子が殺された後、里子は自分の赤痣を周囲にさらす決心をする。里子は犯人に気づき、次の事件を阻止しようとしていた。映画に比べると痣の大きさは控えめで、テレビということも配慮したのだろうか。リカ役の佐藤友美さんの演技もすばらしくて、娘を思う親心がよく伝わってきた。

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別所千恵子役の夏目雅子。むっちりした感じがいかにも「グラマー歌手」という感じ。最初はその他大勢という役どころだが、回を追うにつれ重要度が増していく。

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なぜ、この千恵子の帰郷と時を同じくして連続殺人が起こったのか。それは千恵子、文子、泰子のいずれも恩田幾三=青池源治郎の娘であり、美しく育っていたからである。

仁礼嘉平は鈴木瑞穂さん。いかにもやり手の村の実力者という雰囲気で、このキャストも原作に近かった。鈴木さんがやると原作の嘉平よりもっと威厳のあるキャラクターになってましたが。

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嘉平には駐在たちも直立不動で敬礼する。金田一耕助は嘉平から「活弁士なんて半端者、村の人間は誰も相手にせんよ」と教えられ、ここから重要なヒントを得る。村の階級社会も事件の背景の一つになっている。

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金田一耕助は神戸で放庵の甥に会い、民俗学雑誌「民間承伝」を見せてもらう。ここに掲載されていた放庵の「鬼首村手毬唄考」は事件を解く重要な鍵となっている。この神戸での調査もテレビ版は忠実に追っている。

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神戸の新聞社では青池源治郎の活弁士時代の写真を見せてもらう。ここの記者が宍戸錠で、関西弁がうまくはまってました。

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亀の湯の女中のお幹さん(三戸部スエ)。映画版「本陣殺人事件」でも村の雑貨屋の女将の役で出てた人ですね。泥臭いが人の好い村人という感じがよく出ていました。昔の映画やドラマはこういうちょっとした脇役の人でも演技のうまい人がたくさんいたのだが。

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映画では全く割愛されていたロウソクのトリック。単純な手だが、放庵が殺害された時間を錯覚させるうまいトリックになっている。ロウソクと時間を絡めたパズルも多いが、あれは単純そうで意外に難しい。テレビではこのトリックもきちんと説明している。

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原作では磯川警部の役を今回も日和警部が担当している。相変わらずわかってない人なのだが、陰惨な事件を和ませるユーモアはここでも健在ですね。

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キャスト、演出、物語の構成、いずれも出色の出来で、特にトリックの説明がきちんとしているところがすばらしい。予定より放映回数が増えたせいもあるのだろうが、情緒的な演出に流れがちなサスペンスドラマの中で、ここまでトリックも映像化したものはあまりないと思う。とても見ごたえがありました。