森村誠一『新・新幹線殺人事件』

2022-04-24

1985年(昭和60年)の作品で、『新幹線殺人事件』の続編。那須警部以下の警視庁・福岡県警の刑事たちが新幹線の車内で起こった殺人事件の「鉄壁のアリバイ」に挑む。

これはおもしろかったですね~ 久々に読み応えのある推理小説を読んだというか。うなりました。

悪徳不動産会社の社長として警視庁刑事二課からもマークされていた検見川という男が、博多発東京行の新幹線ひかり116号の車内で殺される。死因は刺殺で、死体は名古屋駅で発見された。死体の状態や車内の情況から犯行は新神戸駅から名古屋駅までの間と推定され、おそらく犯人は新神戸で116号に乗り込み、新大阪駅か京都駅で下車したものと考えられた。

有力な容疑者として検見川の愛人だった博多のホステスが浮上するが、彼女は116号の後発の別の新幹線に乗り、東京駅に着いていた。検見川とホステスはクラブの客の目をはばかり、あえて別々の新幹線に乗って東京駅で合流する予定だったというのだが…というストーリー。

たまたま起こった別の誘拐事件の犯人の供述から、検見川は新神戸駅までは生きていたことが確実視される。しかし新神戸駅以降の区間では、容疑者のホステスには絶対に検見川を殺せないのではないか…捜査陣は頭を抱えるが、検見川の関わっていた詐欺事件の捜査から、詐欺の共犯として大手製造会社・東亜工業福岡工場の副長・大竹が浮上する。

大竹は日本画壇の大物・諸橋秀星と容貌が酷似しており、これに目をつけた検見川は、大竹を諸橋の替え玉に仕立て上げ、諸橋が都内に所有する土地の架空売買を行い、買い手から7億円以上の大金をせしめていた。その分け前として2億5000万を受け取った大竹は、残りの金をめぐって検見川を殺したのではないか。

詐欺容疑で逮捕された大竹の妻と長男は、真犯人とにらんだ検見川の愛人ホステスの自宅マンションを尋ねるが、ホステスは何者かに絞殺されていた。犯行当日、大竹と妻・長男は家族三人で大宰府見物に出かけており、そのため工場を休んだ大竹には有力なアリバイがない。大竹には殺人の容疑も濃くなってくるが、大竹の長男はテレビのドラマを見ていてあることに気付く。

〈以下ネタバレあり〉

大竹の長男が気が付いた新幹線の乗り換えトリックは、時刻表トリックに慣れた推理マニアなら誰でも思いつくような代物だが、その後の那須警部の推理は卓抜で、これは私なぞはまったくわからなかった。この発想の転換で、事件は根本的に異なる構図に変貌する。

それと文庫本版の著者の解説でも言及されているが、この作品の主人公は大竹で、テーマは「単身赴任による家族の崩壊」である。大竹は戦中に少年時代を過ごし、戦後は「生き延びた」という思いから会社に身も心も捧げてがむしゃらに働いてきたが、出世も頭打ちとなり、長く続いた単身赴任で家族とも疎遠になる。

空しくなった大竹は検見川の勧誘に心を動かされ、巨額の詐欺事件に関わってしまう。夫・父が詐欺の共犯として逮捕され、家族は最初驚愕するが、会社に反旗を翻した大竹を見直す気分にもなる。世間の冷たい視線にさらされ、崩壊しかかっていた大竹家は逆に結束する。

新幹線はますます早くなるが、その一方で崩壊する家族も増えているのではないか…という作者の疑問が読者に突き刺さってくるのだが、昨今のリモートワークといいIターンといい、「通勤」と「家族」というのは日本人にとっては永遠のテーマだと思う。新幹線の時刻表はここ30年ほどの間にもどんどん変わっているけど、通勤と家庭生活をどう両立させるかという根本的な問題は、相変わらず変わっていないと感じました。

文章はちょっと堅いけど客観的で明瞭簡潔、構成も見事で読者を飽きさせない展開、社会派と本格推理の融合は本作でも見事に実現している。森村氏の作家としての手腕はここでもいかんなく発揮されていると思う。

惜しむらくは、新神戸駅で誘拐犯が「大竹を見た」という供述。あれをもっと検討して、大竹に殺人事件の当日ひかり116号に乗っていたか確認すれば、事件に諸橋秀星が関わっていたとすぐにピンとくるような気がするのだけど。しかし読後感は非常に満足でしたね。