中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』

2022-05-21

クラシックやアイドルに関する本で有名な中川右介氏の比較的最近の著。乱歩と横溝の生涯を軸に、日本における推理小説の歴史と出版業界の変遷を追ったもの。なかなかおもしろかったですが、少々詰め込みすぎな感じも…



中川氏の著作はクラシック関係のものを何冊か読んだことがあるけれど、江戸川乱歩と横溝正史は初めてだった。

膨大な文献を精査して精力的な著作に仕上がっているが、乱歩・正史ものは既出も多い。それとの差別化のため、乱歩や正史の作品を出版してきた日本の出版業者の変遷も追うことにしたそうなのだが、出版業界に対してさしたる興味もない私にはその分読みにくかった。

それに、乱歩や正史と出版社とのいろいろな事情について著者なりにあれこれ「推理」しているのだが、これも蛇足というか。確たる証拠もないから推理というより「憶測」で、仮に推理が当たっているとしてもどうでもいいようなものが多かった。特に、実は著者が藤岡淳吉の孫、という「謎解き」は本当にどうでもよかった。

文章もなあ…ちょっと気取りすぎ。例えば松本清張の紹介で、ダラダラと福岡に生まれて実は広島生まれともいい、朝日新聞の広告係をしていろいろ苦労しながら懸賞小説を書き…と説明した後、その小説家とは実は「松本清張である。」という書き方。もう回りくどいだけという感じで、第一、こういう本を手に取る読者ならそれぐらいのこと知ってると思うのだが。

それに、中川右介氏は角川春樹とも対談したことがあるせいか、全体に角川(春樹)寄りの書き方が目立っている。『八つ墓村』の映画化をめぐる松竹とのゴタゴタでも、「角川の側の主張を書くと」と断ってはいるが結局角川の言い分だけ載せて、松竹サイドの見解は書いてない。晩年だけの付き合いなのに、ちゃっかりと横溝正史の葬儀委員にも名を連ねた角川春樹を「角川書店の若き総帥」とか書いているのも、なんだか個人崇拝みたいな大げさな書き方だと思う。

いろいろあげつらったけれど、江戸川乱歩と横溝正史の生い立ちや本業作家になるまでの経緯、ほかの作家仲間との交流などここまで整理して書いた本は、なかなかないのかなと。乱歩が作家になるまでは壮絶に転職を繰り返してきたことや、横溝との交友、横溝の家族関係や家庭人としての素顔などはとても興味深かった。ほかにも細かい知識やトリビアが満載で、読んでて楽しいことは楽しかった。

文庫版では修正されているのかもしれないが、単行本では誤字脱字が結構目立ちました。それはともかく、乱歩と横溝のファンなら一読あるいは必携の価値ありでしょう。