『悪霊島』

映画

2022-06-07

1981年の角川映画。監督は篠田正浩、脚本は清水邦夫、音楽は湯浅譲二。主演は鹿賀丈史。他の出演者は岩下志麻、伊丹十三、佐分利信、岸本加世子、中尾彬、石橋蓮司、室田日出男、古尾谷雅人ら。

横溝正史の最後の金田一作品を発表の翌年に角川春樹が映画化したものだが、市川崑の代わりに篠田正浩を起用している。前衛的な演出が各所に見られ、これまでの金田一シリーズとはかなり趣が異なっている。

冒頭から新宿の高層ビルとジョン・レノンの暗殺事件が出てくるのは何なのか。そしていきなり舞台は、三津木五郎(古尾谷雅人)が回想する1960年代の日本へと飛ぶ。

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当時は高度経済成長の只中にあり、三津木五郎はありふれたヒッピーの若者だった。彼はふらりと日本各地を旅し、瀬戸内の孤島・刑部島を訪れる。その途中で、金田一耕助(鹿賀丈史)と知り合う。

島へ渡る前に五郎と別れた金田一は、旧知の磯川警部(室田日出男)と再会する。磯川警部は自分に助けを求めてきた市子(イタコ)で、もぐりの産婆もしていた浅井はる(原泉)が殺害されたと聞き、その調査にやってきていたのだった。

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金田一耕助は刑部島出身の大富豪・越智竜平(伊丹十三)の依頼で、越智の部下で、刑部島で消息を絶った青木修三の行方を捜しに来ていた。しかし青木は刑部島の断崖から突き落とされ、海の上を漂っていたところを、通りすがりの船に引き上げられる。顔面がメチャクチャに崩れた青木が最期に言った言葉は、「あの島には悪霊がいる。鵺の鳴く夜は気をつけろ…」という不気味なものだった。

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刑部島へ渡った金田一耕助は、再会した三津木五郎から、刑部島には刑部家という旧家があり、平家の子孫として代々刑部神社の宮司を勤めてきたこと、越智竜平はかつて刑部家の巴御寮人(岩下志麻)と恋仲だったが、巴の叔父・刑部大善(佐分利信)に仲を引き裂かれ、その後アメリカへ渡って大実業家になったことを知る。

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大富豪になった越智竜平は、刑部神社に新しい神輿と、御神宝となる黄金の矢を寄進し、神社の祭りの費用も寄付していた。しかし五郎は「バカにしてると思いませんか。祭りのために島へ帰れば日当一万円だなんて。金を出せば何でもできると思っている」と吐き捨てる。

刑部島へ渡る船で出会った吉太郎(石橋蓮司)という謎の人物。明らかに何か知ってそうな様子だが、彼は越智竜平とは従兄弟の関係にあり、今は刑部神社で巴御寮人の付き人をしていた。

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巴御寮人と娘の真帆・片帆(岸本加世子)。巴御寮人は同族の刑部守衛(中尾彬)を婿に迎え、守衛が刑部神社の宮司をしているが、刑部神社の直系に当たるのは巴御寮人の方である。巴御寮人の神々しい美しさに金田一耕助は息を飲むが、巴にはふぶき(岩下志麻)という双子の姉がおり、精神を患って社家の離れに引き籠もっているという。

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刑部島村長の刑部辰馬(多々良純)と刑部守衛。そして島の最高実力者、刑部大善。金田一は村長と守衛に、竜平が寄進したという黄金の矢を見せてもらう。「立派な御神宝ができた」と喜ぶ村長とは対照的に、大善は「よしなさい。金の話なんか」と言い捨てて立ち去る。

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クルーザーで刑部島に現れた越智竜平を島の人々は大歓迎するが、竜平の狙いは、俗悪な黄金の矢で刑部神社の神秘と権威を破壊することにあった。

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次の日の宵宮の夜、神楽が奉納される。神楽大夫の妹尾誠と恋仲になっていた片帆は、「この島には恐ろしい秘密があるんよ」とつぶやき、島を出ていきたいと誠に懇望する。

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はたして神楽の最中に、刑部守衛は黄金の矢で射抜かれて殺される。守衛に会いに来た越智竜平が、社殿で殺されている守衛を発見したのだった。

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守衛が殺されたことで村長ら島の人々は態度を一変させ、越智竜平が守衛を殺したのだと騒ぎ立てる。

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片帆も行方不明となり、やがて人間の腕を咥えた野犬が島を走り回る。驚愕した島の人々と警察が野犬を追って駆け付けた廃屋には、扼殺された片帆の死体があった。

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磯川警部らは、一連の事件は発狂しているふぶきの犯行と断定し、ふぶきの逮捕に向かう。社家の離れを訪れた磯川警部に、姉の境遇を訴えて涙する巴御寮人。磯川警部はその哀切に思わず圧倒されるが、その隙にふぶきは神社の杜へ逃走し、崖から身を投げてしまった。

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これで事件は解決したかに思われたが、広島から帰った金田一耕助は捜査の不備を指摘し、驚愕の真相を磯川警部に告げるのだった。

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〈ネタバレ・感想〉

膨大で複雑なストーリーをよく2時間あまりの尺でうまくまとめていて、テンポよく進んでいく。一つ一つのシーンの構図もよく練り上げられていて、しかもシャープで嫌味のない演出だと思う。しかし映画のテーマはなかなか難解ですね。

映画では民俗学的な知識もいろいろと挿入されていて、浅井はるの市子の話もそうだが、特に三津木五郎と荒木定吉が杜の中で出会った蓑と菅笠の人物。

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社殿の火事騒ぎで消火に当たった吉太郎かと思われたが、実は刑部大善。大善は、巴が片帆を殺害したことを神の仕業と解釈して自分を納得させ、片帆の死体を杜から廃屋へと移したのだった。

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民俗学では、神は蓑笠姿の「稀人」となって村に現れる。大善は、伝統社会を捨てて物質主義に走る若者を批判し、神がそのような若者たちを殺すのだと金田一に主張する。

結局、この映画のテーマは「物質主義批判」にあるらしい。いかにも篠田正浩らしいテーマ設定だが、脚本の清水邦夫の考えなのかもしれない。その点よくわかりませんが、とにかくヒッピーの三津木五郎、大富豪の越智竜平、そして社家の刑部大善のいずれもが物質主義を批判的にとらえており、人々の拝金主義を非難する。

物質主義批判から東洋的な神秘思想に傾倒したジョン・レノンは暗殺されてしまうので、成長神話の画期という点からも、ジョン・レノンの暗殺事件とレノンの歌を挿入したかったのだろう。

とはいえ公開当初にこのことを理解した観客がどれだけいたのかという話で、原作者の横溝正史からして、パンフレットでのリップサービスは別として、この映画については「景色だけはいいね」と言っただけだったとか。確かに島根県隠岐の島の雄大な景色はすばらしいもので、観光客も増えたでしょうね。

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越智竜平は自分と巴の中を引き裂いた刑部大善を憎悪し、守衛を買収して御神体を黄金の矢と取り換え、さらに刑部神社の周囲におもちゃのようなレジャーランドをつくろうとしていた。

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映画では、事件後に越智竜平はこのレジャーランド計画を放棄し、クルーザーに乗って島を立ち去ってしまうのだが、原作では事件後も島にとどまって計画に邁進する。「物質主義批判」というようなものは、やはり原作にはないように思う。

ふぶきを逮捕しに来た磯川警部に対し、巴が「姉は夫のような人間に対して本能的に敵意を抱く」と言ったのは、巴とふぶきが二重人格という映画の設定からすれば、巴もまた無意識のうちで、守衛の拝金主義・俗物主義を憎悪しているということになる。

なぜ守衛は、御神体を黄金の矢と取り換えるという竜平の買収に応じようとしたか。竜平は「あの男らしい復讐ですよ。大善の絶対的な支配に対するね」と解釈する。

大善に象徴される日本の伝統秩序を、守衛と竜平は金の力で破壊しようとする。それは1960年代から70年代にかけての日本の社会変容そのままだが、巴は狂気の姉・ふぶきの姿を借りて守衛を殺し、島から逃げ出そうとした片帆をも殺害する。ふぶきは伝統的な日本の、荒ぶる神々が乗り移った姿、とも言えそうですねえ…

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吉太郎は下僕のように巴に仕え、社家の一隅の粗末な部屋で暮らしていた。彼の机には亀井勝一郎?の「現代人の失っているもの。それは静かで激しい拒絶だ」という言葉が彫られていた。何を拒絶するのかという話だが、映画のテーマに沿えば物質主義であり、物語からすれば巴=ふぶきの淫乱なのでしょうか。

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なんだか訳がわからない話だが、ともかく巴は洞窟の底なし井戸に姿を消し、大善は暗闇の中で吉太郎を刺し殺した後、絶望して猟銃自殺する。竜平は島を去り、死体損壊の罪で三津木五郎は連行され、金田一耕助もまた島を去る。あとはたぶん、刑部島は過疎化が進む一方なのでしょう。広瀬警部補(武内亨)曰く、「ひっどい事件じゃったなあ…」。

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思いますに、原作はあくまで怪奇ミステリーロマンであるのに、そこに反物質主義とか拝金主義批判のような社会性のあるテーマを(無理やり)盛り込んだことで、それこそ鵺のようなわかりにくい映画になってしまったのだと思う。拝金主義に対する批判はそれとして理解はできるものの、映画ではその批判が中途半端で底の浅いものになってしまい、原作者も理解不明な代物になったのではないでしょうか。

それはともかく、演出はなかなか凝っていて、現代的でよかったと思う。湯浅譲二の前衛音楽のようなBGMもまことにおどろおどろしくて、本作にピッタリでしたね。

原泉さんのこれまた不気味な演技。性悪で奇怪な老婆をやらせるとこの人の右に出る人はいませんね。中野重治の奥さんだとは私も知りませんでした。

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かつての逢引場所で再開した竜平と巴。島に来たときとは違い、竜平は白いシックな背広に身を包んで成金趣味を潜めている。巴にも礼儀正しく一礼するのだが、気の狂った巴は色情を丸出しにして竜平を紅蓮洞へ連れて行く。ここらへんも細かい演出だと思いました。

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事件の核心ともいうべき吉太郎の一人二役。長身の石橋蓮司さんではさすがに無理があるのでは…という気もするが、遠目ではわからないのかな。

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神社の杜の中で真相を語る金田一耕助。映画化するとしばしばトリックの解説がおざなりになってしまうが、本作ではきちんとしていたと思う。

真相に迫る金田一と磯川警部に放たれた警告の矢。黄金の矢といい、刑部神社の神事といい、この『悪霊島』では矢が重要なモチーフになっている。横溝は矢も好きだったみたいだが、一般的に正月の神事では矢が使われることが多い。日本神話でも矢はよく登場するが、この場面でも効果的な演出だと思う。

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そして横溝大好きの洞窟。長編推理では遺作となった『悪霊島』も、最後は洞窟で終わる。張り詰めた静けさと、暗闇の中のろうそくの炎が印象的なシークエンスになっている。

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事件の結末に驚愕する越智竜平と金田一耕助。伊丹十三はあまり金田一ものには出ていないが、本作ではキーマンというべき重要な役どころで、映画のテーマをよく理解してすぐれた演技をしておられたと思う。

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今はAmazonプライムでしか出ていないようだけど、ブルーレイ化したらまたすぐれた映像美が味わえるかも。再DVD化もしてくれたらいいのだが。

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