横溝正史『火の十字架』

2022-06-27

昭和33年の中編で、角川文庫版では『魔女の暦』に併せて収録されている。森村誠一も同じタイトルで作品を出しているんですね。横溝や森村はタイトルのつけ方でも独得のセンスを持っていると思う。

〈ネタバレ〉

人物とストーリーはもう面倒くさいので割愛。浅草・新宿・深川でストリップ小屋を三軒経営する大人気ストリップ女優・星影冴子がある日、トランクに詰めて新宿の劇場へ送り届けられた。トランクには呼吸用の穴が開いており、冴子は睡眠薬を飲まされていただけだったが、冴子の愛人の一人で、浅草劇場の支配人・立花は、全身を塩酸で焼かれて殺されていた…というもの。

トランクを送るよう運送店に指示したのは、これまた顔にひどいケガを負った不気味な男・小栗啓三だった。小栗はかつて、冴子や立花と同じ劇団に属していたが、兵隊にとられて戦地で重傷を負い、戦後10年ををへてようやく帰国したという。警察はこの小栗が、劇団の花形女優・花園千枝子の死を劇団員のせいだと逆恨みした犯行とにらむが…もちろんそんなことはないわけです。

小栗はとっくの昔に殺されており、劇場の舞台の地下に埋められていた。冴子は、共犯者で新宿劇場の支配人・滝本を使って、この小栗を生きているように見せかけ、小栗の復讐劇に仕立て上げて、自分を脅迫してきた立花・三村・富士愛子らを皆殺しにしようと計画していた。犯行の仕上げとして滝本も殺す予定だった。

ポイントは、まず富士愛子が金田一耕助に書いた手紙。富士愛子を絞め殺して手紙を奪い取り、筆跡をまねた末尾のページをつけ足して、あたかも小栗が犯人であるかのように見せかけるというトリック。これはうなりました。愛子の手紙を注意深く読めば、人称が違っていることに気付いたかもしれませんがねえ…

もう一つのポイントは横溝のこだわった「顔のない死体」。立花の死体をわざわざ塩酸で焼いて、あたかも立花が小栗とすり替わったように見せかける。これで警察は、犯人は立花?小栗?と困惑することをねらったのだった。

〈感想〉

「顔のない死体」は、『黒猫亭事件』が一番うまくできていて、この『火の十字架』はややあっさりしている。しかし手紙のトリックが付け加わっている分、この作品も習作になっている。「手紙のトリック」は、例えばシャーロック・ホームズの『ライゲートの地主』にも手紙が出てくるが、意外に少ないような気がする。

罪を着せたい人物を先に殺しておくというのも横溝得意のトリックで、『夜の黒豹』がそうですね。顔が崩れた復員兵というのは『犬神家の一族』と同じ。トランクに呼吸用の穴を空けるというのは『幽霊男』と同じで、本作の印象がいまいち弱いのは、ほかの作品と共通した部分が多いからという気がする。

あと、気になるのが「小栗啓三」という名前で、横溝も親しかった小栗虫太郎からとったのかもしれない。