横溝正史『上海氏の蒐集品』

2022-07-10

角川文庫版『死仮面』に併録の短編で、解説の中島河太郎によれば、横溝の書斎の筺底に長く埋もれていたものだとか。

横溝の生前に発表された最後の作品というのだが、作品自体は昭和30年代に書かれたものらしく、高度成長期の開発ラッシュとそれにより失われていく日本の自然、金をめぐる親子の相克などが描かれていて、全体に暗い雰囲気になっている。

記憶喪失の画家・上海氏。戦争の大怪我が元で記憶を失い、戦地の上海市で保護されたため、以後は「上海氏」という名で呼ばれている。映画スタジオのセットなどを描いて生計を立てているが、ときおり近所の古ぼけたお堂のそばを散歩し、団地の造成が進む台地でスケッチをしたりしている。

やがて上海氏は亜紀という女の子と知り合う。亜紀の父は兵隊にとられて行方不明となり、亜紀は吝嗇な母と畑仕事で暮らしを立てていたが、やがて亜紀の母は畑の一角が売れてにわかに大金を手にし、信金の行員を愛人にする。亜紀も団地の工事現場の監督と肉体関係を結び、二人で母の金を狙うようになるのだが…という救いのないストーリー。

よくわからなかったのは、亜紀と現場監督が、駅の鉢植えの中に家の鍵を隠しておくところ。昔はあんなやり方でこっそり鍵を受け渡したんでしょうかねえ…知らん顔して直接渡せばいいという気もするが。

そして最後がまたまったく救いがない結末で、大人たちはみんな死んでしまい、大金を手にした亜紀は善良な親戚に預けられて、成績もいいので大学進学を目指すのだとか。おまけにますます美しくなって、いいことづくめ。なんなんでしょうかこれは。

高度成長に置いて行かれる旧世代の悲哀ややるせなさを描いた作品なんでしょうか。社会派ブームに押されて忘れられつつあった横溝の心境が色濃く出ているようで、読んでいて気が滅入ってきました。それで横溝も発表せずに原稿をしまっていたのだろう。横溝は植物にも詳しかったらしく、やたらと木々や草花の名前が出てくるのも少し鬱陶しかった。

最後にもう一つネタバレだが、上海氏の家の近くあるお堂に置いてあった手形。手形とくれば横溝得意のパターンで、実は上海氏は…という話。トリックもネタ切れ気味で、横溝がスランプに入る直前ぐらいの作品なのだろう。横溝正史を研究する上では興味深い作品だと思うのだが。