松本清張『蒼い描点』

2024-03-31

松本清張の作品としてはそれほど有名な方ではないし、評価も分かれているようだけど、私は大変面白く読んだ作品でした。連載は1958年とかで、昭和33年当時の日本の社会がよく描き込まれているのもよかったですね。

女流人気作家のゴーストライター疑惑かと思いきや、実は話は別の殺人事件で、動機はまったく別のところにあったというもの。二軒並んだ温泉旅館に行くのに別々のケーブルカーに乗らなければならないという、やや?非現実的な舞台設定で、密室トリックに近いような筋立て。トラックで道路を走る時間もポイントになっているが、話がややこしくてついていけない読者も結構いるかも。

ただ、犯人が分かったときは「あっ!」と唸ってしまった。よりによってこの人かと。しかし動機も方法もなかなか説得的だと感じた。事件を調べに東北に行ったとき、乗った列車の中で「この間も列車の飛び込みがあってねえ…」云々の話を聞くところは、『ゼロの焦点』と似たような演出だと思いましたが。

トリックについては少しこじつけ気味かと思うところもあるのだが、それより何より松本清張の文学的な文章に感嘆した。主人公の椎原典子が愛知の犬山に行く旅が圧巻。美しい旅の風景と、地元の人々との出会いが感動的に描き込まれていて、つくづく松本清張は旅の作家だなあと。新潮文庫の解説でも旅の描写を褒めていた。

コンビ役の崎野竜夫との微妙な心理のやり取りの描写もうまいが、こういうところはその後の2時間ものサスペンスの定番と言う気もする。二人で満員バスに乗りながら推理をめぐらしたり、せせこましい商店街の様子がヒントになったりするのは、活気にあふれていたこの時代ならではという感じ。

分厚い本だけど、通勤電車の中で楽しく読了しました。ちょっとなかなか話が進まないので純粋な推理小説としてはダレるところもありますが、それより清張の文章力が魅力かなと。典子たちの上司の白井編集長も魅力的な人物に描かれているが、他の登場人物もそれぞれに存在感があって、清張の人物造形の確かさに感心した。

白井が典子と竜夫に「まあ、これは僕の勘だね」という「勘だね」に、竜夫をうならせる重みがあった、というところなんか、特にそう思いました。戦中から戦後を生きた当時の日本人たちが生き生きと描かれている、それがこの小説の大きな魅力ではないでしょうか。

蒼い描点 (新潮文庫)